京都の姉、
うわばみねえさまの訃報を受けた時には「なんで今?」という思いが強く、自分でも気がつかないうちに涙がぼろぼろ出て泣くばかりだった私。
彼女は長い間がんと闘っていたから心のどこかではいつかこの日が来ると覚悟があったし、このところ発熱が続いて体力がかなり低下しているようだったので心配していたし、いつこの知らせをきいてもおかしくはない状態だったのだけど。
でも今までもそういう状態から元気になるまでを何度も見せてきてくれていたし、「なんで今?」、というのも働きながら癌と闘う人達がどんな問題を抱えているかなど意見を交換する場として「ワーキング・サバイバー研究会」というのを立ち上げようとしていた。
それが今月の25日。その目的がある限り大丈夫、と思い込んでいた。
だけど今考えればそれは大切な人を無くしたくないという私の勝手な思い込みというか希望だったんだと。
こんな風に冷静に思えるようになったのも姉さんとしっかりお別れ出来たから。それも姉さんのことを語り合える友と一緒だったから。そしてこれからもずっと笑いながらねえさんの事を語っていけるから。まだたまに涙が出ることもあるけれど。。。。
でも私なりに気持ちの整理ができたのは、身体が存在しなくなってもねえさまの魂は無くなったわけじゃないとはっきり思えたから。そして日が経つにつれ姉さんの存在をより感じられるようになったから。
これはただ私が感じたままのこと。
ねえさまの存在がこんなにたくさんの人のなかでこんなにも大きかったのかと亡くなって改めて思うこと。それだけの人だからこれからもその意思はそれぞれの人のなかにちゃんと引き継がれていくのだろうとも思えたし。
だからこれからも笑ってうわばみ姉さんのことを話していこう。
わざわざそう思わなくても、京都にねえさまにお別れをしにいったとき、思いがけずつくばのアイコさんと喜多方のあきちゃんと一緒にいくことができたのだけど、姉さんとの話は笑えることしか出てこないし、それに加え3人とも2晩寝てなかったからとんだハイテンションの大ボケトリオ(一番は私だけど)になってしまい、大笑いの珍道中になり。
本当に「一番笑って一番泣いた日」で。
これもねえさんの采配かな、と勝手に思わせてもらってます。
だから何回でもいうけど、うわばみねえさまありがとう、そしてまたね!